公共バスの問題とモラル

ミャンマーでは現行、公共バスと称する交通機関の構図は、バスを所有する会社や個人から運転手がバスをレンタルし運行されている。そのためバス停での客の奪い合いやバス同士が先に次のバス停を目指しての競争が行われ安全は完全に見捨てられている。唯一守られているのは乗車料金だけである。乗客がある程度乗ると走り出し、ドアも閉まらないため走り出したバスに飛び乗る光景も多い。また、区間が定められているにも関わらず、客のない区間を飛ばしたり、蔓延する渋滞を避けるため一日中待ってもバスが通らない区間まで生まれている。バスの運転手はバスのレンタル代金と燃料費は売り上げに関係なく支払うため乗客を我先にと奪い合っているのだから明らかにシステムの問題である。
ここに来てこの路線バスの現状はさらに悪化の一途を辿っている。その原因はUS$高による燃料費の高騰と無計画な道路工事がいたるところで行われて渋滞が尋常ではないほど悪化している。
政府からは路線及び路線ごとの必要本数を指示しているが守られていない路線も郊外では目立つ様になっている。勝手に本数を減らしたり、路線の半分しか走らなかったり、まあ運転手都合の好き勝手な運行になっている。
政府はバス運転手の給与を現在の出来高制から定額制にする法整備を進めるとパブリックコメントを発表。
しかしながら、バスのオーナーが運転手にバスを貸し出しての運用が変わる見通しは立ってはいない。
そのため、バスオーナーによる運転手給与のピンハネが既に懸念されている。
こうした公共?交通の問題と同時に車の増加で社会問題化してきているのが子供たちの通学である。スクールバスなどもちろん存在しない、道路の整備もされていないため自転車通学の子供は田舎でもほとんど見かけることはない、近所の子供たち以外はすべて親が車で送り迎えをしているのだ(「車持ってるんだぞ!」という親の見栄もそこには存在する)。毎朝毎夕、登下校時間になると学校という学校の周囲は大渋滞となる。そして送迎の車が去った後に残るものは”ゴミ”。親も子供もまったく悪気もなく所構わずゴミをポイ捨てする。
バスも送迎の親も子供もすべてに足りないものがモラルである。